関根健次せきねけんじ
最終更新:2016-02-23
ユナイテッドピープル株式会
代表取締役社長 ロボットクリエイター - 1976年 / 神奈川県出身
1976年、神奈川県生まれ。アメリカのベロイト大学経済学部卒業。在学中、半年間の交換留学生として、中国・上海の大学へ留学。卒業旅行でトルコから日本へ陸路と船だけの旅を計画。その過程で、パレスチナ・ガザ地区を訪れる。ここで出会った少年との会話が、後に自身の人生を180度変えることになる。ワイン貿易会社を起業することを夢に食品スーパーに入社するが、1年で退職。その後、2社のITベンチャー企業を渡り歩く。過労で倒れたことで死生観を感じ、時間を無駄にしたくないとサラリーマン生活を卒業。2002年に、ダ・ビンチ・インターネット有限会社(現・ユナイテッドピープル株式会社)を起業。2003年5月、世界のNGO・NPO支援のための募金サイト「イーココロ!」を始動。2008年3月、オンライン署名サイト「署名TV」を開始。2007年より、社会的企業や社会起業家を応援する、ソーシャル・イノベーション・ジャパン(SIJ)フェロー。著書に『ユナイテッドピープル』(ナナロク社)がある。
(http://case.dreamgate.gr.jp/mbl_t/id=1152より)
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InterviewWatch 登録日: 2016/02/23
「僕の夢は爆弾の開発者になって、できるだけ多くのイスラエル兵を殺してやること」――。偶然導かれたパレスチナ・ガザ地区。1999年1月に、22歳の関根健次氏は、ある少年からそんな話を聞いた。食品会社、IT会社での勤務を経て、本気で世界平和を生み出す会社「ユナイテッドピープル」を立ち上げたのが2002年。様々なハードルを乗り越えながら、約10年の時を要したが、同社は世界中のNGO・NPOに年間数千万円の寄付を届ける株式会社となった。「これからは“しょうがない”を死語にしないといけないですね。今、こういう社会をつくりたいから、今、こういう事業をやりたいから、今の社会を変えてでも絶対にやるっ! やり続けるっていう気概が必要だと思います。社会情勢とか、国が置かれた状況とか、景気・不景気とか、全く関係ないですよ!」。今回はそんな関根氏に、青春時代からこれまでに至る経緯、大切にしている考え方、そしてプライベートまで大いに語っていただいた。

世界中のNGO・NPOに年間数千万円の寄付を届ける本気で世界平和を生み出す会社「ユナイテッドピープル」創設者 関根氏の幼少時代から、現在(取材時)に至るまで、人生の軌跡をまとめたかたちのインタビュー。
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