中井政嗣なかいまさつぐ
最終更新:2015-09-24
千房株式会社
代表取締役 - 1945年 / 奈良出身
1945年、奈良県生まれ。白鳳中学校卒業と同時に、尼崎の乾物屋に丁稚奉公に出る。5年間修業した後、義兄が経営する洋食店に2年間勤務。1967年、 老夫婦が営んでいたお好み焼き店の後継者募集に応募し、採用。22歳で独立を果たす。夫婦で頑張り経営を軌道に乗せるが、6年目、突然の契約解除。付き合 いのあった信用組合理事長の支援もあり、1973年、大阪ミナミ千日前にお好み焼き専門店「千房」を開店。大阪の味を独特の感性で追求し、国内はもちろん 海外にもその味を広めている。その間、1986年、40歳で大阪府立桃谷高等学校を卒業。現在自身の体験をふまえた独特の持論で社会教育家としても注目を 集め、全国各地で講演を行う。今年の6月30日、テレビ東京「カンブリア宮殿」にて、「部下を必ずやる気にさせる“人材育成術”教えます」と題する人材育 成術が放送され、大反響を得る。著書に『できるやんか!』(潮出版)がある。
(http://case.dreamgate.gr.jp/mbl_t/id=717より)
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InterviewWatch 登録日: 2015/09/24
1967年、義兄の紹介でしぶしぶ始めたお好み焼き店の経営。その偶然のきっかけと決断が、6年後1973年、「千房」のスタートにつながった。そして今年の12月、「千房」は35周年を迎える。今や、国内、海外のハワイに店舗網は広がり、60店舗を経営するまでに成長を遂げた。創業から今日まで、一番頭を悩ませているのは人材採用だった。学歴、成績、身元引受人いっさい問わず。来る者拒まず、去るもの追わず。だが、いったん引き受けることを決めたら、家族のごとく絶対に見捨てず大切に育てるのだという。「ひとりひとりを見て、悪い子ほどえこひいき。小さな目標を与え、できれば思い切り褒める。人間、過去を変えることはできませんが、未来は変えることができるんです」。誰もが見捨てた非行少年・少女も、氏の手にかかれば立派な“人財”となるのだ。一大飲食店チェーンの総帥でありながら、人材教育のプロとして全国から講演の誘いが引きもきらない。今回は、そんな中井氏に、青春時代からこれまでに至る経緯、大切にしている考え方、そしてプライベートまで大いに語っていただいた。

一大飲食店チェーンの総帥でありながら、人材教育のプロとして全国から講演の誘いが引きもきらない中川氏の幼少時代から、現在(取材時)に至るまで、人生の軌跡をまとめたかたちのインタビュー。
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